「公衆便所のベンチレーター」はMR2だった|辛口評論家・三本和彦と“三本節”のすべて
「公衆便所のベンチレーター」。 これは、ある辛口評論家がトヨタMR2のデザインを評した言葉です。 言ったのは、モータージャーナリストの三本和彦(みつもと かずひこ)です。 歯に衣着せぬ毒舌は「三本節」と呼ばれ、自動車メー…
車関連「公衆便所のベンチレーター」。 これは、ある辛口評論家がトヨタMR2のデザインを評した言葉です。 言ったのは、モータージャーナリストの三本和彦(みつもと かずひこ)です。 歯に衣着せぬ毒舌は「三本節」と呼ばれ、自動車メー…
車関連第1章 「徳大寺有恒」とは何者か 徳大寺有恒(とくだいじ ありつね)は、日本の自動車評論家です。 元レーシングドライバーでもありました。 本名は杉江博愛(すぎえ ひろよし)といいます。 1939年11月14日、東京・原宿…
車関連第1章 速く走れなかった少年 1台のレーシングカーは、まず紙の上で形になります。 その白い紙に最初の線を引く役目が、デザイナーです。 由良拓也(ゆら たくや)さんは、その線を引き続けた人でした。 日本を代表するレーシング…
車関連第1章:自転車競技から世界の頂点へ!佐藤琢磨の異例すぎるモータースポーツ経歴 日本のモータースポーツの歴史において、最も驚異的なステップアップを果たした人物。 それが、佐藤琢磨選手です。 世界最高峰のレースを目指すレーサ…
車関連第1章:金網を切った16歳 1972年のことです。長野県の16歳が、ペンチで富士スピードウェイの金網を切って中に入りました。 少年の名前は 土屋圭市 と言います。後にドリキンと呼ばれる男です。 入場料を払う金はありません…
車関連第1章 ウィリアムズというチームの「ずっといる」という凄さ F1というスポーツは、本当に冷たい場所だと思います。 去年まであった名門が、ある日ふっと消えている。1990年代に強かった ジョーダン も、2000年代に存在感…
車関連1980年代の高級パーソナルクーペ市場で激突した二台の名車。 日産レパードとトヨタソアラ。 販売台数はほぼ互角だったにもかかわらず、ブランドイメージでは天と地ほどの差がついた。 そして、その差は2代目で圧倒的な販売台数の…
車関連鈴鹿8耐の観客動員はなぜ減ったのか? 36万8,500人から6万1,500人までの48年史 鈴鹿8耐の観客動員は、1990年の36万8,500人から2025年の6万1,500人へと、大きく姿を変えてきました 。しかしこれ…
車関連ながら聞き 全文朗読(記事内容と異なる部分があります) オープニング ハンガーストレート。 時速300キロを超えて疾走する 2台のウィリアムズ・ホンダ が、 ほとんど接触しそうな距離で並び続けていた。 ホイール同士の間隔…
車関連第1章:「3位」ではなく「2位」だった ── 14年越しの小さな訂正から ながら聞き(全文朗読) 2026年5月10日、フランスGP。小椋藍が3位表彰台を獲得した瞬間、日本中のレースファンが同じフレーズを目にすることにな…
車関連はじめに 「耐久レース」という名前に騙されるな 鈴鹿8耐(すずかはちたい)、という言葉を聞いたことがあると思います。正式名称は「FIM世界耐久選手権 “コカ・コーラ” 鈴鹿8時間耐久ロードレース」…
車関連第1章 怪物の記憶 ——130kgに200馬力、あの音と匂いが消えた日 音を聞いたことがある人なら、忘れられないはずだ。 甲高く、金属的で、まるで何かが悲鳴をあげているような——あの2ストロークの排気音は、4ストロークの…
車関連プロローグ:「妙に静かな表彰台」 全文朗読(本記事とは一部異なる部分があります) みなさん、こんにちは 今回のお話は、1966年に起きたある出来事についてです ル・マン24時間レース フランス、サルト・サーキットで毎年行…
その他ル・マンを制したマツダ787B 「全力で行こう」とジャッキー・イクス 守りのチームが攻めに変わって 遂にチェッカーフラッグ マツダスピードの日本人スタッフは いつも慎重だった。 速く走ることよりも 壊れないことを優先する…
その他1991年、マツダはル・マンで歴史を作った。 787Bが、日本メーカーとして初めて総合優勝をつかんだのだ。 その勝利の裏に、ひとりの伝説がいた。 ベルギーの名ドライバー、ジャッキー・イクス。 ル・マン24時…