855kgで110馬力の初代カローラレビンTE27|現代車は重すぎる?ハチロクの原点となった“稲妻”の正体
「今のクルマは重すぎる」――そんな声をよく耳にします。 軽自動車ですら1トンを超える時代。 そんな現代に、わずか855kg・110馬力で“稲妻”を名乗った1台のクルマがありました。 それが、初代カローラレビン TE27。…
トヨタ「今のクルマは重すぎる」――そんな声をよく耳にします。 軽自動車ですら1トンを超える時代。 そんな現代に、わずか855kg・110馬力で“稲妻”を名乗った1台のクルマがありました。 それが、初代カローラレビン TE27。…
日産スカイラインGT-Rでは伝説となったS20型エンジン。 しかし、フェアレディZ432に搭載された途端、現場での評判は最悪でした。 なぜ同じエンジンなのに、ここまで明暗が分かれたのか。 その背景には、1966年のプリンス自…
三菱走行中に3回もエンジンが止まった――。 それでも手放さず、信頼する人へと託した1985年式 三菱スタリオン GSR-Ⅲ。 阪神・淡路大震災を乗り越え、令和の今もなお走り続けるこの1台には、有名女優が本気で愛した物語があり…
バイク関連1975年―― 中型限定免許(400cc以下)の新設。 この制度が、日本のバイク市場を大きく変えました。 各メーカーは 「最強の400cc」を巡る開発競争へ突入します。 ホンダが抱えていた2つの問題エンジン 当時のホンダ…
トヨタ日本車で唯一、 「007」シリーズのボンドカーとして登場した伝説の1台。 それが トヨタ2000GTです。 しかしこの名車、 映画撮影の現場で“想定外のトラブル”から 特別仕様が生まれていました。 007撮影で起きた問題…
日産1960年代後半―― 日産とプリンス自動車の合併は、 単なる企業統合では終わりませんでした。 その裏では、 技術者同士のプライドが激しく衝突していたのです。 その象徴が S20型エンジンでした。 S20型エンジンとは何か…
バイク関連80年代前半―― 原付は単なる通学の足ではありませんでした。 同時に「公道最速」を競うマシンでもあったのです。 当時の若者たちは、30km/h制限という現実と、マシンのポテンシャルのギャップに熱狂していました。 49cc…
バイク関連「バイクにラジアル?乗れたもんじゃない!」 1986年、業界中から嘲笑されたバイクがありました。 それがヤマハFZR400。 市販車として世界初の60%ロープロファイル・ラジアルタイヤを搭載するという、当時としては常識破…
マツダ「契約金2億8000万円」 これは1960年当時、マツダの従業員約8000人分の給与に相当する莫大な金額でした。 それでもマツダは、欠陥だらけのロータリーエンジン技術提携契約にサインします。 なぜ世界20社が次々と撤退す…
日産「ソアラに惨敗したクルマ」 そんな嘲笑とともに語られることが多い日産レパードF31。 しかし、その中身を知った瞬間、誰もが言葉を失います。 世界初・日本初の電子制御技術を惜しみなく投入した、まさに「技術の日産」絶頂期を象…
日産フェアレディZの中でも、ひときわ異彩を放つ2台があります。 Z432とZ432R。 名前は似ていますが、その性格は完全に別物です。 どちらも国宝級の価値を持つ希少車ですが、片やストリート、片やサーキット仕様。 この2台の…
日産「6気筒は4気筒より格上」 これは自動車の世界における長年の常識でした。 ところが日産スカイラインR30のRSは、その常識を完全にひっくり返してしまったのです。 スカイライン史上、初にして唯一の4気筒フラッグシップ。 し…
バイク関連1981年シーズン終了後、静岡県磐田市のヤマハ発動機本社に一人の男が訪れました。 その男こそ、3年連続世界チャンピオンに輝いたケニー・ロバーツ。 彼がそこで目にした未完成のV4マシンが、後のロードレース史を大きく変えるこ…
日産1981年。 GT-R消滅後 の時代に、 日産は突如として異様なスカイラインを送り出しました。 その名は、 スカイラインRS(R30)。 しかしファンはざわつきます。 「スカイラインなのに4気筒?」 「しかもGT-Rでは…
マツダ「RX-3」 海外ではそう呼ばれ、 今なお熱狂的な人気を誇る日本車があります。 日本名は、 マツダ サバンナ。 1971年に登場した、 ロータリーエンジン搭載スポーツカーです。 後の RX-7 へとつながる、 マツダ・ロ…